Diary(思い出の記録) Vol.8
<2009.1〜7月>
2009・1月1日
新しい年の始まり。今年はどんな年になるのだろうか。
たくさんの方から年賀状を頂いた。感謝!
あけまして
おめでとうございます

昨年は多くの方々の支えのなかで綾の
本を出版でき、記念すべき年となりました。
新しい年が福祉や教育、人々の暮らし
に優しさと平和の流れが膨らむ年となる
ように願いながら歩いていこうと思います。
皆様にとってよい年でありますよう、お
祈り致します。
2009・元旦

出版を祝う会で頂いた花
出窓の障子を開けると 2009年の朝日がさしてくる
三が日
となりの空き地の ピラカンサの下を 小鳥たちが散歩している いつものような朝
元旦の朝は少し忙しい 父は祝い酒の燗の準備 母は雑煮作り 私は料理を運ぶ
父は美味しそうにお酒を飲む 私はテレビの駅伝中継を楽しみ 母は料理を作り年賀状
の整理
三が日 いつもの正月と変わらないけれど
2月4日
* 私のエッセー集『21番目のやさしさにーダウン症のわたしからー』(かもがわ出版)、
目の見えない人のための録音化。(名古屋市鶴舞中央図書館)
伯父が釣ってきてくれた尾ながの刺身の味は
格別だった
2月19日
* 日フィル(日本フィル)ハーモニー交響楽団・第34回九州公演2009(宝山ホール)
・鹿児島県文化センター。
34回目を迎える今年のコンサートは世界で活躍している若手チェリスト・横坂源さん
を迎えての演奏会で、ドヴォルザークのチェロ協奏曲を演奏された横坂さんのチェロ
のきれいな音色は22歳という若さを生かし大胆で、繊細さもあるフレッシュなものだっ
た。
また、新調したばかりの眼鏡で私の好きなスメタナの交響詩「わが祖国」より「モルダ
ウ」はCDだけでは味わえない生の演奏を見ることも聞くこともでき、母が奮発してくれ
たS席での鑑賞はすばらしかった。最高の夜のひとときだった。コバケンこと小林研一
郎さんの指揮は独特なものだった。実際に生で音楽を聞くのはその時のインパクトや
醍醐味もあり、私たちに音楽が持つすばらしい力を教えてくれるような気がする。
2月22日
* 梅原司平コンサートinみんなのつどい(本願寺鹿児島別院・本堂)
本堂に響き渡る司平さんの歌声は62歳の今もなお健在。お話も得意の梅原節が出
ていてとてもおもしろく、楽しかった。あいにくの雨の中、コンサートを聞きに来た人達
に生きることのすばらしさと元気を与えてくれた。
以下はメジャー再デビューの「愛あればこそ」(キングレコート)
2月21日
* 私が生まれた当時の鹿児島大学病院小児科の奥村元婦長さんより、
きれいな春を告げるチューリップの大きな花束が届く。(写真左はその一
部)
私が生まれた春を思い出して下さったのだろうか。とても懐かしく、嬉し
い気持ちになった。

3月1日
* 写真展「ゆっくりそだて、私たちの宝もの」in大阪に添える私のメッセージや本『21番
目のやさしさに』、『スマッジがいるから』などを送る。3月17日〜19日まで展示。

愛あればこそ
愛あればこそ 愛あればこそ
ささやかな日々の中でも 輝いて生きてゆける
限りない星くずの たった一粒 その星で繰り返す
出逢いと別れの詩 生きている手応えが 誰も欲しくて
さまざまな人生の 朝がはじまる
降りしきる雨の中にも 吹きすさぶ風の中にも
どんな時でも どんな人にも 求めて止まない詩がある
愛あればこそ 愛あればこそ
ささやかな日々の中でも 輝いて生きてゆける
司平さん追っかけの有馬冨美子先生作
(出版を祝う会の写真より)
3月30日
* 写真展「ゆっくり育て、私達のたからもの」in神戸に添える私のメッセージや本『21番
目のやさしさに』、『スマッジがいるから』、神戸市看護大学での講演の時の写真を送る。
4月8日〜12日まで展示。
* 『21番目のやさしさに』の書評が新英研(新英語教育研究会)の機関誌「新英語研究
・4月号」に掲載。5年前の2004年に新英研・原鶴大会で講演をしていたので、会長の
柳沢先生が書いて下さった。
* 京都・かもがわ出版より『21番目のやさしさに』の3刷が届く。試行錯誤の末に必死で
書き続けてきただけに、3刷までくるとは思わなかった。でも、改めて手にして喜びが苦
労した分だけ少しずつ膨らみ始めている。とても嬉しい出来事だった。もっと多くの人
達に読んでもらったらなあと思った。
4月5日
* 読売新聞西部本社・生活文化部の田口様、来訪。久しぶりにお話することができ
て、嬉しかった。
4月20日
* 長年、夢に見ていたサンクトぺテルブルクとプラハ行きが決まり、手続き完了。
4月21日
* 久しぶりに聴講で母校・志学館大学へ。今年もフランス語を勉強したいと思ってい
たのだが、残念なことに他に受講者がなく、休講になってしまった。代わりに英米文
学講読を受講した。内容はシェークスピアの四大悲劇の一つ・「ロミオとジュリエット」。
4月23日
* サンクトぺテルブルク・プラハ旅行の説明会。
5月5日(こどもの日)
バリアフリーコンサートin鹿児島(かごしま県民交流センター・中ホール西棟2F)
このコンサートは日本各地の障害を持つ子どもたちやその親、サポートする人たち、
小児科医師などのコラボレーションで歌やダンス、器楽演奏を披露して、障害の有無
を越えて繰り広げられた。なかには北海道や福島からも小児科の先生方が見えてい
た。
私もピアノの先生と松田幸久先生のヴァイオリン演奏に合わせて「MAGIC CANDY
DROP(魔法のドロップ)」の一部分と「千の風になって」の英語詩を朗読。松田先生の
ヴァイオリンの上達ぶりに驚きながら。ピアノの音もすばらしく、とても素敵なコラボレー
ションになった。
5月20日
母の日講演会でのスピーチ・交流。(ひまわり幼稚園・園内ホール)

シスター先生をはじめ東先生など、当時の先生方と久しぶりの懐か
しい再会。この日は母親参観日であり、ホールには入りきれないほど
の多くのお母様方が私の拙いスピーチを静かに熱心に聞いて下さっ
てとても嬉しかった。さらに『21番目のやさしさに』の出版一年目の記
念日でもあり、「21番目のやさしさにー私の原点・ひまわり幼稚園ー」
と題して幼稚園での思い出なども話した。とても思い出に残る日とな
った。
特別来賓として、短編アニメ映画部門でアカデミー賞を受賞された
加藤久仁生監督のお母様が聞きに来て下さった。初めてお会いした
が、きれいで優しい方だった。加藤監督は私が卒園した3年ぐらい後
にこの幼稚園を卒園されていて、同じ卒園生の私にとって光栄であ
り、誇りに思う。いつかひまわり幼稚園コンビで本が出せたらいいな
という話に花が咲いた。
加藤監督のお母様と
5月25日
* この講演会から5日後、シスター先生がくも膜下出血で亡くなられたという先生の
秘書の方から突然の知らせが入る。(享年69歳)信じられない気持ちでいっぱいだ
った。しばらくたち、込みあげてくる涙を抑えることはできなかった。入園当時から私
をずっと支えて下さり、いつも応援して下さっていただけに心の支えを失った時のシ
ョックは大きかった。
6月27日
* NHK大河ドラマ「天地人」ゆかりの地・新潟へ。新潟へ行くのは初めてだった。
4月1日
5月27日
* シスター先生との悲しい最後のお別れのため、鹿児島市内のカトリック教会へ。
葬儀・告別式は教会でしめやかに行われた。教会には入りきれないほどの多くの卒
園生やその保護者の方々が参列し、なかには座れる席がなくて外で見送る方々も
おられた。加藤監督のご家族も駆けつけて来られ、共に別れを惜しんで涙した。
神のもとへ帰天(きてん)されたシスター先生。ひまわり幼稚園でのびのびと過ご
させて下さったシスターの存在は私たちにとって大きく、かけがえのないものだった。
先生も千の風になられ、大好きだったひまわり幼稚園と先生方や子どもたち、そし
て私たち卒園生を見守っておられることと思う。
6月22日
* 第10回世界ダウン症会議inダブリン(アイルランド)のブース展示に私と松田幸久
先生の英語のメッセージを添えてエッセー集『21番目のやさしさにーダウン症のわ
たしからー』、『MAGIC CANDY DROP(魔法のドロップ)』、『スマッジがいるから』を
JDS(日本ダウン症協会)に送る。私のメッセージが世界の人達に届いてくれるとと
ても嬉しく思うのだが。

鹿児島空港から大阪・伊丹空港経由で新潟空港へ。
空港に降り立つと、にぎやかな声とともに「ようこそ新潟へ、
岩元綾さん!」という横断幕が目に飛び込んできた。(その
時の写真が撮れていなくて、残念!)
写真を撮ったりして短い交流のあと、JDS新潟支部アンダ
ンテの会長・滝沢様親子の車で北方文化博物館へ。
地元の大地主「伊藤家」の屋敷が博物館となり、とても広
い大豪邸だった。目を見張るような豪邸に圧倒されながら
も、米俵やびっしりと書かれた帳簿などが多量に展示され
ていて歴史好きな私にとって興味深いものだった。
宿泊していた月岡温泉から滝沢さんの車で講演会場へ。
新潟市歴史博物館(みなとぴあ)前で
私が思い描いていた新潟平野は実際に行ってみると、とてつもなく広かった。新潟市内を流れ
る二つの川・阿賀野川と信濃川は豊かに水を湛え、自然の優しさが私の心を豊かにしてくれる。
信濃川は長野県に入ると千曲川になるというのもおもしろい。

席が限られ、お断りをする方々がたくさん
出てきたという。そんな中、梅原司平ファン
の会の田野様ご夫妻が来て下さって久しぶ
りに再会。懐かしかった。
アンダンテとドレミくらぶの子どもたちがか
わいいダンスを披露してくれた。とても表情
豊かに楽しく踊っていたのが印象的だった。
私の拙いスピーチを多くの方々が熱心に
聞いて下さって、とても嬉しかった。講演後、
控え室にてNHK新潟放送局の取材を受け
る。何回受けても取材はやっぱりどきどき
して、うまく思うようにできない。
新潟青陵大学・5号館5301講義室で
懇親会は新潟市内の和風レストラン。料理もおいしく、ダウン症の子どもを抱えた多くの親御
さんたちとお話ができてとても楽しかった。この講演の締めくくりは204枚に及ぶアンケートが送
られてきたことだ。お一人お一人、心を込めて書いて下さっていて、新潟まで行ってほんとうに
よかったと思っている。
6月29日
* 二日目、新潟大学脳研究所へ。統合脳機能研究センター・臨床機能脳神経科学
分野の山田先生との出会い。
なんと私もCTスキャンに初挑戦!工事中のような音で最初は不安だったが、二回
目の脳波検査の時には思わず気持ちよく眠ってしまった。山田先生はとても気さくな
方で、優しい先生だった。すべてが驚きの連続であったが、とても勉強になった。
6月30日
* 講演旅行最終日、新潟市街地をバス観光。バスのアナウンスから聞こえるその街
の歴史や文化などの説明がとても分かりやすく、歴史好きな私にとって最高の旅だ
った。一箇所、私が行ってみたいと思った所・みなとぴあ(新潟市歴史博物館)にバ
スから降りて行った。詳しくは美術館・博物館巡りで紹介したいと思う。
私の好きな童謡「砂山」の碑、曇っていたので日本海に沈む夕日と佐渡島を見ら
れなかったのが心残りだった。
水と文化の風薫る街・新潟講演旅行
6月28日
新潟青陵大学・5号館5301講義室での講演会。
講演会場の新潟青陵大学は自然に囲まれた静かな森の中にあり、とてもきれいな、静
かな大学だった。講義室には予想を超えるたくさんの方々でいっぱいで、入りきれない
ほどだった。
7月4日

* 写真展「ゆっくり育て!私たちのたからものー出会えた
奇跡をありがとうー」in愛媛への展示に添える私のメッセー
ジ(写真右)や本『21番目のやさしさに』、『スマッジがいる
から』などを送る。
大阪展、神戸展と送ったが、どの展示会も大成功だった。